レンタカーの歴史

はじめに

レンタカーの歴史は戦後日本の経済成長、モータリゼーションとともにあり、「私たちが車とどうつきあってきたか。」の歴史でもあります。今でこそレンタカーは一般的な交通手段の一つとして選択されますが、ここに至るまでの70年近い年月には、車があこがれだった時代から無くてはならない身近な存在にいたるまでの様々なできごとがありました。

車の共同使用

会員制のドライブクラブ

日本でレンタカー(貸自動車)が始まったのは昭和24年頃だと言われています。アメリカ軍等からの払い下げの外国車を使用しての時間貸しから始まりました。当初は「レンタカー」とは称さず、ほとんどが会員制の「ドライブクラブ」として運営されていました。また、「レンタカー」よりも「貸自動車」の呼称が一般的だったようです。

愛知県では老舗の㈱ジャパンレンタカーさんの創業が1954年(昭和29年)。「御園ドライブクラブ」の名で営業を始め、その後、1957年(昭和32年)には「ジャパンレンタカー」に名称変更をしています。当協会に残っている一番古い会員名簿(昭和42年1月現在)では会員47社中、名称に「ドライブクラブ」がついているところは10社、「レンタカー」は24社となっており1967年(昭和42年)には「レンタカー」の呼称が一般的になっていることを伺わせます。

平成25年現在では愛知県にドライブクラブを名乗るレンタカー業者はありません。全国のレンタカー事業者8500余の中でも10社程となっています。有限会社のところがほとんどであることから、現在「ドライブクラブ」と名乗っているレンタカー業者は創業60年近い歴史あるレンタカー業者の可能性が高いと思われます。

レンタカーのナンバープレート

葬式ナンバーとピンクナンバー

レンタカーは1951年(昭和26年)に道路運送法施行規則第62条を準用する形で許可制となっていましたが、ドライブクラブ、レンタカーが増えてくるに従い、レンタカーでの事故、トラブルが多発し、ドライブクラブに対する世論が批判的になりました。1957年(昭和32年)道路運送法施行規則第62条の2としてレンタカーの許可申請規定が明確化されました。それと同時にそれまでは普通の自家用車と同じだったナンバープレートがレンタカー用ナンバープレートとして「黒地に白文字」に定められました。これは「葬式ナンバー」と嫌われ、利用者が激減、相当数の事業者が廃業に追い込まれる事態となりました。

この事態を打開しようと全国のレンタカー事業者が結束し、自ら車輌整備、料金体系、保険、サービスの向上を図り、お客様の信頼を取り戻すとともに、「葬式ナンバー」の改訂などを求めて運輸省(当時)に陳情するなどしました。当協会も1957年(昭和32年)愛知県貸自動車協会としての活動が始まり1959年(昭和34年)に14業者で設立総会を開催しています。

1959年(昭和34年)ナンバープレートは「白地にオレンジ文字」に改められましたが、これもまた「ピンクナンバー」と嫌われ、当愛知県貸自動車協会も全日本貸自動車協会連合会の一員として更なる改訂を求めて運動をしました。

1961年(昭和36年)にナンバープレートは現在の形、一般自家用車と同じ「白地に緑文字」で“わナンバー”(北海道は“れ”)となりました。

それでも当初は不人気で、利用者の中にはマジックで“わ”を“ね”に変えて乗る人もあったそうです。車の運転することそのものがレジャーになった時代。利用者は数台しかない車が帰ってくるのを2時間でも3時間でも雑誌などを読みながら待っていたとも聞いています。

メーカー系の参入

1963年(昭和36年)12月、本田技研工業㈱の系列会社であるホンダ開発興業㈱が日本で初めて自動車メーカー系列のレンタカー会社として参入しました。それまで車を借りる際には米穀通帳(!)や保証人、保証金が必要だったものを運転免許証の提示のみで借りられるようにし、高額の賠償保険、全国ネットでの乗り捨てシステムの導入など、これまでのドライブクラブ“ドラクラ”のイメージを払拭し「スマートなレンタカー」を大々的に宣伝しました。その後1965年(昭和40年)トヨタ、1966年(昭和41年)日産と大手の参入が続き、一般の人々にも「レンタカー」が浸透していきました。

高度成長を経て乗用車を個人で保有する人が増え、現在、愛知県でのレンタカー需要は50%近くが修理、整備代車となっており、代車専門のレンタカー事業者も多くあります。またビジネス車としてもリース、保有車両の不足を補うために多く活用されており30~40%。観光、レジャーは10%~20%と愛知県ならではの特徴があります。

マイクロバス・トラックの許可

1965年(昭和40年)運輸省自動車局長依命通達「自家用マイクロバスまたは自家用トラックの有償貸渡を業とする者等の取り扱い」に基づき、乗用車だけでなく、マイクロバス、トラックもレンタカー登録ができるようになりました。

レンタカーへのメーカー系参入により、車の購入額(原価)、豊富な品揃え等で太刀打ちできずに苦しんでいた、零細のレンタカー業者の多くはマイクロバスに活路を見いだし、逆に観光事業社からレンタカー事業へ参入者もありました。

マイクロバスのレンタカー事業者の中にはレンタカーに運転手をつけて貸す業者もあり、観光バスの営業許可「緑ナンバーのバス」ではないのに観光バスまがいのことをしていると言う意味で「白バス行為」と言われ、厳しく禁止され、平成16年に規制が緩和されるまで運転手を紹介することもできませんでした。

現在ではレンタカー登録ができるバスは車両長7m以下、定員29人以下のマイクロバスであり、観光バス事業者が主に運営しているのは大型バスなので、小規模の団体旅行などには必要不可欠な存在となっています。

1970年(昭和45年)のレンタカーの車種別シェアは乗用車71%、トラック16%、マイクロバス12%(車両総数22,000台)。2012年(平成24年)には乗用車54%、トラック(特種車含む)45%、マイクロバス1%(車両総数474,600台)となっています。1967年(昭和42年)にレンタルのニッケンが設立され、それ以降、建設機械関係のレンタル事業者が建設機械とともにトラックを貸すことが一般的になり、建設現場、作業現場でトラックのレンタカーは欠かせない存在となっています。

全国のレンタカー登録台数

乗用車
    マイクロバス
トラック
    その他
1965 4,764 138 - - 4,902
1975 15,485 5,598 10,993 20 32,096
1980 26,798 9,598 27,225 124 63,745
1985 46,314 10,250 40,098 168 96,830
1990 86,223 11,297 85,370 792 183,682
1995 107,923 11,627 112,644 1,280 233,474
2000 135,029 9,855 134,146 2,418 281,448
2005 175,462 6,994 144,368 3,423 330,247
2010 207,370 5,732 159,406 19,778 392,286

(参考:一般社団法人全国レンタカー協会刊)
*わが国における自動車とレンタカーの歴史
*レンタカー発展史

おわりに

レンタカーの法規制は運送事業、タクシー、観光バスなどの事業の法規制とも綿密に結びついており、「レンタカー=車を貸す」以上のサービスはすべて他の業態に近くなることもあり、厳しく禁じられています。事業者はその規制のなかで、できる限りのサービスを提供しようと努力しています。自動車の社会でのあり方とともにレンタカーに求められることも変わっていきます。みなさまのニーズに合わせ、また、よりお得で便利なご利用方法をみなさまにご提案できるよう努力して参ります。

一般社団法人愛知県レンタカー協会はレンタカーの安心と安全のためにこれからも活動していきます。

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